ブランディングデザインで”志”をカタチに。design am 株式会社デザインエイエムブランディングデザインで”志”をカタチに。design am 株式会社デザインエイエム

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BRANDING / LOGO / GRAPHIC / OTHER

弊社の本質や中身に特化したものを
作っていただいたと感じています。

株式会社オオスミ
代表取締役 大角武志様
専門サービス、調査・研究

株式会社オオスミは1968年の設立以来、環境分析から環境調査・測定や環境コンサルティング等のサービスを提供されています。今回は社の創立50周年記念に際して、ロゴを足掛かりに封筒や名刺、記念誌(ブランドブック)制作等の総合的なブランディングをお手伝いさせていただきました。

今回、デザインエイエムへブランディングのご依頼をしていただいたきっかけは何だったのでしょうか?

まずは50周年と言う節目で、何かインパクトがあるものを打ち出したかった。ただ全くゼロからではなく、今まで辿ってきた会社の歴史を大切にしながら次のステップに進みたかったので、デザインエイエムさんには非常に親身になっていただいて、良いアイデアをたくさんもらいましたね。(大角様)

多くのデザイン会社があるなかで、大切な節目にデザインエイエムを選んでいただいたのは大変光栄です。

元々、溝田さんとは10年以上のお付き合いになりますが、それは抜きにして(笑)。今回は他のデザイン会社に依頼するという選択肢はなかったです。もちろん弊社でも色々なデザイナーさんや、イラストレーターさんとのお付き合いはありますが、トータルブランディングと言う大きな観点で制作を委ねられる先を考えた時、デザインエイエムさん以外に依頼しようと思わなかったんですよね。(大角様)

ありがたいですね、ご依頼いただくのに迷いはなかったと言う事ですね。

はい、そこに迷いはなかったです。ただ弊社にとって初の試みで、何をどうしていいか分からなかったり、どれ位の費用や制作日数がかかるのか全く分からなかったので、デザインエイエムさんには一から相談に乗ってもらいましたね。(大角様)

今まで、オオスミ様が関与されてきたデザイン会社さんとの違いはありましたか?

表現の角度が全然違うと思います。別の会社とのお付き合いもありますが、これまでは「印刷物」「Web」等、決まった枠ありきの制作でした。今回デザインエイエムさんには、弊社の本質や中身に特化したものを作っていただいたと感じています。(大角様)

制作を進めるにあたって、弊社スタッフの対応はいかがでしたか?率直なご意見をお伺いしたいと思います。

良かったところは、たくさんありましたよ。例えば、デザイン案にしても社内である程度選考を重ね、その中から選りすぐりのものに絞ってお勧めしていただけると言うのは非常に助かりましたね。後は、打ち合わせを密に出来た事。毎回惜しみなく弊社まで足を運んでもらいましたから、電話やメールでは語りきれない雰囲気や微妙なニュアンスも一生懸命ヒアリングしてくれたと感じています。(大角様)
デザインエイエムさんは、会社を掘り起こしてくれるんですよ。弊社側で「そうだよね、私達の会社って、そういう良いところがあったよね」と改めて感じることが出来、その上でのデザインが上がってきたのがすごく嬉しかったです。デザインエイエムさんの気持ちがこもっているのが、伝わってきました。(友広様)

ありがとうございます、大変励みになります。最初にデザインを見た時には、どの様な印象を持たれましたか?

前のロゴを忘れちゃう位、もうこのロゴのデザインが良かったです(笑)。「これが良い!」と、感じました。(大角様)

私も同じく。社内のアンケートでも、ダントツでこのロゴが人気でした。(友広様)

ありがとうございます。御社の新入社員の方からも面接時に「このロゴが素敵だ」という声があったとお伺いしております。

ロゴ制作やブランディングを依頼したもう一つの目的として、新入社員や若い人達、外部の方達から憧れの会社として見てもらいたいと言う思いがありましたから、そう言う声が出てくるのは非常にありがたいですね。(大角様)

ロゴがオオスミの「地球のドクター」と言うメッセージを伝えやすくして出来ていたら幸いです。社内の方々の意識も変わったりされましたか?

それが新しいロゴに全く抵抗感がなくて。もう元には戻れないでしょうね(笑)(大角社様)
弊社の方向性とぴったりあってスムーズに私達の中に入って来てくれました。(友広様)

社外の方からの反響はいかがでしょう?

私は毎月100~200名程度の方と名刺交換しますが、必ず最初に「素敵な名刺ですね!」と褒められますよ。(大角様)
営業担当からも「お客様からお褒めいただいた」と言う声を良く聞きます。(友広様)

新たなロゴや名刺が出来て、改めて何か決意が変わられましたか?

ステージを上げていかなければいけない、と気持ちが引き締まりました。これまでも「地球に貢献していく」と言う想いがありましたが本当の意味でそれを再認識出来たと思います。更に海外に向けても地球環境に貢献していこうと思いますよ。(大角様)

どの媒体を拝見しても「地球に貢献していく」と言うオオスミ様の強い意志が伝わります。弊社とのやり取りの中で、強く印象に残った事はありますか?

本当に労を惜しまず、コミュニケーションを取ってくれたと思いますね。毎月弊社に足を運んでもらいましたし、50周年記念の大切な節目に一本筋が通ったものを作っていただいたと感謝しています。(友広様)
デザインエイエムさんとの打ち合わせは毎回毎回、何かしらの提案やアイデアが生まれて非常に面白かった。なかでも弊社の50周年記念誌は、ありふれたものにはしたくなかったんですよね。これで正解だったと思うし、私の思いも盛り込んでもらいました。また提案していただいたイラストが非常に印象的で、最初に見た時にもうこれ以外の選択肢はないなと感じたんですよ。そう言う驚きの出会いを幾つもいただけたと感じています。(大角様)
記念誌のご提案は、こんなやり方があるんだなって言う驚きがありました。出来上がった記念誌には、オーガニックのイメージや愛らしさもありました。提案してもらって、本当に良かったです。(友広様)

最後に、今後の展望をお伺い出来ますか?

オオスミとしては今後も使命を果たしていく、と言う事に集中していきたいです。それは独りよがりではいけないし、お客様だけではなくBtoB同士でも最終的にオオスミのファンになっていただくと言う目標がありますね。
ちなみに、うちはある意味デザインエイエムさんの広告塔でもあるんですよ(笑)先日も記念誌をある会で配布したら「これ、誰にやってもらったの?!紹介して」とその場で溝田さんへ連絡をした事もあります。今後もデザインエイエムさんには更にうちの社員以上にうちの社の事を知ってもらい、ご協力をお願いしたいですね。(大角様)

是非お願いいたします。ありがとうございます。

ご協力いただいた企業様

株式会社オオスミ
代表取締役 大角 武志様
営業グループ営業企画 友広 洋子様
株式会社オオスミ様  WEB SITE
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BRANDING / LOGO / GRAPHIC / OTHER

ロゴは企業の顔。しっかりバックグラウンドを秘めつつ
一度で覚えてもらえる顔を作ってもらいました。
いい顔で、いい仕事してくれています。

ネオス株式会社
代表取締役社長 池田昌史様
IT・人材サービス

株式会社ネオスは、スマートフォン向けのコンテンツサービスなどを提供するIT関連企業です。2012年、前身のプライムワークス(株)と子会社であったカタリスト・モバイル(株)の合併を機に社名を変更され、ロゴマーク・名刺・封筒及び紙袋制作のご依頼をいただきました。弊社はプライムワークス創業時からお付き合いをさせていただいています。

共通の知人を通して御社とのご縁ができたのは、2004年。前身のプライムワークスさんのロゴ制作に携わらせていただいたのが始まりでした。

はい、プライムワークスを設立して2ヶ月くらいの頃で、プライムのPとワークスのWをマークにした名刺をお渡ししたのを覚えています。ただ、それは“とりあえず作った”もので、会社のロゴはちゃんとデザインしたいし、名刺もそれなりに凝ったものを作ろうと決めていました。だからデザインエイエムさんにお願いしたわけですが、僕はかつてNECという大きな会社にいて、3文字のロゴがもたらすブランド力を身をもって知っていました。「会社を上場させるぞ!」とも思っていたので、それに向けたことをしなければいけない。それにはロゴがなくては始まらないくらいに、思っていました。

あの時は、時代を見据えたぶれのない事業コンセプトに感銘を受けて帰りました。「先端技術とコンテンツサービスの融合によって、新たな価値を創造していきたい」という科学哲学の分野にも踏み込んだお話でした。

そこのところは、株式会社ネオスとなった今も変わっていません。技術とコンテンツという言葉自体は平凡ですが、当初から左脳的な技術の世界と右脳的な感覚の世界を融合することで、新しいものやことは生まれていく確信はありました。プライムワークスのロゴを作っていただいたときも、そこを深く理解してくれて、非常にいいデザインで融合を表現してくれました。ネオスのロゴも、迷うことなく御社にお願いした次第です。

有言実行でマザーズ上場までわずか4年。2012年には東証一部へ市場変更され、「グループ会社を一本化し、ネオス株式会社に商号変更することになった」とのご依頼でした。

せっかく作ってもらったロゴだったのですが、みんなが前の会社への執着を捨てて次のところに行かないとなかなかひとつにならないなというのもあって、思い切って社名を変更しました。本当に短い期間でお願いして、ここまでクオリティの高いものを提出していただけるとは!というのが正直な感想でした。クールなブルーと温かみのあるピンクの2色でしなやかにからみあう曲線、それも無限大の掛け算のようなデザインで技術とコンテンツの融合を見事に表現してくれました。名刺の印字されている社名にはオリジナルフォントを作ってくれていて、「ブルーの曲線は実はネオスのN」なんていう心憎い演出もあったりしてね。
細かな調整はお願いしましたけれど、心から満足しています。ケチケチしなくてよかったって思ってますよ。

「一発OK」は理想かもしれませんが、やりとりのなかでブラッシュアップの機会をいただくことは、すごくありがたいことです。お客様の反響はいかがでしたか。

最初、変わったことに驚かれはしましたが、わりとすんなり受け入れられました。我々の仕事はプレゼンの機会が多いじゃないですか。ある意味ロゴは重要な商談というか、営業の武器でなくてはなりません。資料には必ずロゴマークを前面に入れるんですけれど、堅い印象のロゴが多いIT業界の中で、この柔らかさ。エッジがどこにも効いてないのに、ぱっと見た目で訴える、いい仕事をしてくれています。

名刺や封筒の紙質にもこだわり、コストをかけていただきました。

名刺も封筒も、人が触るわけですよね。大切なつなぐツールでもあるわけで、“触れた”ときの感覚が、心地いいほうがいいじゃないですか。これは秘書が言っていたことなんですけれど、お客様から「丁寧ですね」と言われると。いろいろな会社さんを見ているお客さんにそう言ってもらえるのは、嬉しいですよね。紙袋はあまりにも人気で無くなりすぎる現象が起きていまして…。紙袋も大切なアウトプットツールなのですが、減りが早すぎるのがタマにきずです、コスト的に(笑)。

追加オーダーは、いつでも承りますので。

ははは。まぁ、それにしてもデザインで食っていくというのは凄いことだなと思います。うちもWEBデザインの部署がありますが、優秀なデザイナーを採用するのは大変なことです。僕は2度ロゴを作ってもらったけれど、御社の魅力は、何よりバックグラウンドとかコンセプトをしっかり聞いて理解してくれることだと思う。もちろんデザインの良さって、見た目いいとか悪いとかもありますが、やっぱり発想の元を何にするかが大事。デザインワークの価値はいちばんそこにあると思うんですよね。

嬉しいお言葉をありがとうございます。デザインで、これからも食っていきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

こちらこそ。

ご協力いただいた企業様

ネオス株式会社
代表取締役社長
池田 昌史様
ネオス株式会社様  WEB SITE
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BRANDING / LOGO / WEB / GRAPHIC / OTHER

どんなに優秀なデザイナーと言われても
それだけでは一緒に仕事をしようとは思わない。
合う、合わないがあって当然だから。
溝田さんはビジネスの垣根を超えた
ものづくりをしてくれる人。
僕のクリエイティブ魂は嬉しくて振るえっぱなしだった

映画「うまれる」シリーズ
企画・監督・撮影 豪田トモ様
広告・制作, 芸能

公開から4年半、映画「うまれる」はすでに40万人の観客を動員し、二作目の「うまれる ずっと、いっしょ。」も全国各地で上映会が続いています。監督は「命と家族と絆」をテーマに、関係性のドキュメントに焦点を当てることを常とする豪田トモ氏。デザインエイエムでは代表の溝田がアートディレクターとしてタイトルロゴに始まり、本編内の文字デザインから、告知・宣伝用のウェブサイト、チラシ、ポスターなどの各種デザインをお手伝いさせていただきました。出演の方々はもちろん、外のスタッフとの“関係性”にも心を配る豪田監督との時間は「濃密で豊かな時間だった」と語る溝田ですが、監督ご自身にも当時を振り返りながらお話を伺いました。

一作目の「うまれる」に続き、二作目の「うまれる ずっと、いっしょ。」も好評で、ご一緒させていただけた弊社としても本当に嬉しいです。

ありがとうございます。「命と家族と絆」というテーマは、本当に広くて深く、到底一作品では表現しきれません。2040年までシリーズでつくり続けていきたいと思っています。一作目、二作目ともにドキュメンタリーになりましたが、この先は役者さんを立てるかもしれないし、アニメ版「うまれる」ができるかもしれません。「うまれる」が公開した2010年に生まれた子どもが30年後、親になる頃まで、いろいろなパターンでつくってみたいと思っています。溝田さんにはアートディレクターとしてコンセプトづくりから入っていただきましたが、定例会にも参加してもらい、一緒につくりあげた感が本当に強いです。
なぜ溝田さんにお願いしたか。我々がやろうとしている企画に対して理解をし、共感をし、一緒に考えてくれる「同志」としての感覚を覚えたからです。何人か他の方とも話をしましたが、僕には群を抜いて波長の合う人でした。

溝田と豪田監督とのおつきあいは、弊社からお願いした映像制作のお仕事を受けてくださったのがきっかけになりました。

沖縄ロケでした。言葉だと表現しきれませんが、その時も作品に対して絶対的なものをつくるんだという、互いのクリエイティブ魂がすごく合う人だと思いました。これはあくまでも持論ですが、ビジネスだけで一緒に何かを作った時って、結果はせいぜい超高層ビルの高さがMAXだと思うんです。それが「同志」になると、雲の上まで突き抜けて行く可能性が出てくる。普段のフィールドは違っても「同志」のような感覚がものづくりにはとても必要なことだと思います。
結局、ロゴ、タイトル、パンフレット、メインビジュアル、Webサイト、ポスター、チラシ、映画内エンドロール、書籍の装丁等々、デザイナーが必要なところは全部お願いしました。溝田さんは「映画の仕事は初めてだ」とおっしゃっていましたが。

大きな仕事をさせていただいたわけですが、「映画は初めて」のデザイナーに対する不安はありませんでしたか。

不安どころか、わくわくでした。映画というフィールドは、大きいといえば大きいですが、厳密に言えば細かい仕事です。あれも作って、これも作って、それもデザインして。本来であれば「こんなイメージで」とか、「文字数はこれくらいで」とか、ディレクションを必要とするところも、溝田さんは僕の考えを“2”伝えると“10”わかってくれる人です。残りの“8”の説明を省けるからいいという意味ではなく、曖昧な部分も感じとってくれるという意味です。それはふたりの波長が合うからで、他の人がどうかはわかりませんが、「僕はそうでした」とお伝えしておきたいですね。

実際に制作を進めて行くなかで、お感じになったことは。

一番感じたのはデザイナーの枠を超えた仕事ぶりですね。彼の頭の中にあるのは、どうデザインするかとか、どうレイアウトするかではなく、どう伝えるか、どうしたら伝わるか。視点が深いんです。たとえば一作目の「うまれる」は、18トリソミーという障害を持ってうまれた、虎ちゃんという小さなお子さんを育てるご家族の写真をメインビジュアルにしました。虎ちゃんは一生涯、言葉を話す事が出来ないと言われているんですが、映画のコピーを考えるとき、溝田さんは「虎ちゃんがもし言葉を発することができるとしたら、彼は何が言いたいだろう」ということにまで踏み込んで考えてくれていました。ご提案いただくすべてのことに気持ちがこもっていて、はっとしたり、ぐっときたり。おかげで添えた題字の「うまれる」にも生命が宿るビジュアルとなりました。

「虎ちゃんには一瞬にして魅了された」と言っていました。「映画の本筋ではなかったかもしれないけれど、虎ちゃんには圧倒的に惹きつけるものがあった」と言っていました。

実際その通りでしたし、溝田さんはふだん口数が少ないだけに、しゃべったときの説得力がハンパない。的を得ているし。実は僕、二作目の「うまれる ずっと、いっしょ。」のテスト試写の時に、溝田さんにばっさりと斬られましてね。でも、あそこで斬られたからこそ、作品の完成度がぐっと上がったんです。
  テスト試写とは、公開前に一般の人にフィルムを見てもらって忌憚のない意見や感想を聞く場です。料理が出来上がる前に食べてもらうようなものなので、どの監督も完成前テスト試写をやる事はたいがい嫌がりますよね。

ただでさえ針のむしろのような場で、監督を斬るなんて。「俺が監督だ」って思いませんでしたか。

ははは。斬られて痛かったですよ。
「うまれる ずっと、いっしょ。」は3組の家族のドキュメンタリーで、そのうちのひとつが、奥さんに先立たれて泣き暮らしていた65歳の男性が、悲しみの底から回復していくお話。実際、その男性はカメラを回している間、特に最初の頃はずっと泣かれていました。当然、試写のスクリーンに映し出されるほとんどが泣き顔でした。それを見た溝田さんは、「いい大人がめそめそ泣いている話は、あんまり惹きつけられない」とばっさり。おっしゃる通り。溝田さんの一言で「ああ、そういう視点もあるのか」と考えることができ、方向性を変えることもできました。「いい大人のめそめそ」が必要以上に観客の脳裏に焼き付き、試写の時の溝田さんと同じように感じる人がいたら不本意です。どの仕事もそうだと思いますが、「違う」という指摘があった時、どう対応できるかって大事だなと改めて思いました。

二作目も映画の評判はとてもよく、あちこちで自主上映会が開かれていますが、タイトルやデザインに対する声は聞こえてきたりしますか。

題字のデザインは本当にたくさんの方が「いいですね」と言ってくださっています。「この映画にとっても合っていますね」とも。「うまれる」という字に込めた意味ですが、“点と点を結ぶラインはそれぞれの人生。命をつなぐへその緒でもある”なんていうところまで、溝田さんが考えてデザインしたとまではみなさん知りません。それでも無意識のレベルで何かを感じ取ってくれているから、そう言ってくれるのだと思います。
あとは「ドキュメンタリー映画なのに映像がきれい」と言ってくださる方も多いです。素人の方でも作ろうと思えば作れないことはないドキュメンタリー映画って、とかく低予算で泥臭い映像になりがちですが、デザインワークによって統一感が出たことで、全体のイメージ・レベルがきゅっと上がったのも確かです。

ありがとうございました。監督の頭の中には「うまれる」第三章が描かれ始めているようですが、今後、溝田に期待することはありますか。

僕の中には継続的にこうしたテーマで作品を世に出すことで、何かしらのお役に立てたらという気持ちがあります。当然、溝田さんともまたご一緒させていただきたいと思っています。でも、作品によっては他の方にお願いすることもあるかと。それでわだかまりができる人ではないし、信頼関係が壊れることもないと思います。期待することは「いままで通りで変わらないでください」ですね。

ご協力いただいた企業様

映画「うまれる」シリーズ 企画・監督・撮影
豪田トモ様
「人と地球に優しい映像」をテーマとした映像プロダクション「インディゴ・フィルムズ」代表。1973年、東京都生まれ。大学卒業後6年間のサラリーマン生活を経て、29歳でカナダへ渡り4年間映画製作を学ぶ。在カナダ時に制作した短編映画は日本、バンクーバー、トロントなど数々の映画祭にて入選。帰国後はフリーランスの映像クリエイターとして、テレビ向けドキュメンタリーやプロモーション映像を手掛け、2008年秋よりドキュメンタリー映画「うまれる」の製作を開始。著書に「うまれる かけがえのない、あなたへ」(PHP研究所)、「えらんでうまれてきたよ」(二見書房)がある。
ドキュメンタリー映画『うまれる』  WEB SITE
ドキュメンタリー映画『うまれる ずっと、いっしょ。』  WEB SITE
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到底一人では叶わなかった
最高のリブランディングができました。
そして、営業も社員の志気もまったく変わりました。

株式会社アキヤマ
代表取締役 秋山延久様
建築業・製造業

既存建物の「解体」「改装」「再生」を事業の3本柱として、数多の安全施行実績を積んできた株式会社アキヤマ。「ホームページを変えたい」というご依頼に、弊社は「ロゴマークを変える」というご提案を加えさせていただきました。秋山社長のお話を聞くにつれ、社長の思いとロゴとホームページが三位一体となることで、ゆるぎない発進力が生まれると感じたからです。時に、ご依頼の枠を超えたご提案をさせていただく弊社ですが、心掛けているのはお客様が「YES」も「NO」も躊躇なく言える場づくり。本音勝負の秋山社長のおかげで、弊社としても理想的な仕事をさせていただきました。

御社からご連絡をいただいたのは、2013年の年末。
「設立15周年を機にホームページを新しくしたい」とのお話でした。

企業の生命力は30年と言われます。そんななかで我が社は15周年という極めて重要な節目の年を迎えようとしていた時でした。会社の業績は順調だけれど、この先の100年続く経営をどう展開していくべきか。ここでじっくり考え、しっかり発信していかなければと思い、事業方針を再構築しホームページの一新をお願いした次第です。
アキヤマの同業者は腐るほどいます。熾烈な世界ですが、安全品質や気配り施工の推進に信念を込めて取り組み、右肩上がりで業績を伸ばしてきました。ただ、「企業ブランド」や「発信」ということに対しては、知識も考えとても浅かったと思います。見事なリードで、そこに気づかせてくれたのが溝田明というひとりのデザイナー。ロゴを変えるなんていう発想は、私には全くなく、最初に「この際ロゴマークを変えませんか」と言われたときは、「はっ? どういうこと」と思いました。15年使ってきた愛着もあります。このままでもいいのではないかと…。一瞬「頼んでないぞ」とも思いました。

でも、社長は決断してくださいました。

「自分たちのポリシーをそこに刻むことで、ロゴは意味を持ち、ロゴは生かされていく」という話を聞いて、その通りだと思ったからです。世の中にロゴマークはあふれています。でもそのなかに、会社のコンセプトや立ち位置を明確にしているものはどれだけあるでしょうか。
提案いただいたロゴのデザインは、アキヤマのポリシーが表現され、目指す象徴的な姿をしていました。溝田さんからは「Aクラスの象徴である3つのA(トリプルA)に、解体・改装・再生の3つの事業が重なり合ってバランスをとりながら、上へ上へと高く伸びていく様子を表現しました」と説明を受け、一瞬で刺さりました。これほどシンプルなマークに、これほど深い思いを込められるものかと、デザインエイエムの真骨頂を見せられ、100%OKの「YES」とともにアキヤマのブランディングはスタートしました。
ロゴを変えることになり、ホームページの刷新にも士気が上がりました。俺たちの職業はデザインなんてものとはほど遠い存在だけれど、やるなら今のものを取り入れて、5年10年対応できるものを整えようじゃないかと。そしてロゴとホームページは一緒じゃなかったら、ここまで明確な発信はできなかったと言いきれます。

ロゴマークを大変気に入ってくださって、当初予定のなかったタオルやゴルフボールなどノベルティまで作っていただきました。

戦国武将たちは紋章を愛し、また藩旗を掲げて戦国時代に臨みました。ロゴを作ってもらって、私は似たようなものを感じました。我々は戦に出るわけではないけれど、ロゴは一致団結して仕事や活動をしていくためのリード。日本人にはこういうシンボルを重んじるDNAがある。多くの人がそこ気づいて、それを受け入れて発信していったらいいと思いますね。実際これができてから発信力が違います。
それからもうひとつ、ロゴはプライドの象徴だと思います。自慢や満足をさすプライドじゃありませんよ。自分自身の中で確固たるものをもつという意味でのプライドです。ビジネスにおいて人に認められるには、プライドは絶対必要なものです。
余談ですけれど、ゴルフボールはこのロゴをピンに向けてショットすると、会社も真っ直ぐ飛距離を伸ばしていけそうなナイスショットな気がします(笑)。タオルは特に職人に好評で、これで汗を拭くと現場で気合いが入るらしいです。デザインの力って、すごいですね。

制作プロセスで、不安や疑問は生じませんでしたか。

ヒアリングをしていただきながら、私は「あれを出したい」「これも出したい」と言いました。すると溝田さんは「これは削ぎましょう」「これを省きましょう」と来る。こっちは「足したい」といっているのに。でもね、削ぐ作業をしていくと、確信が見えてくるんです、本当に。発信に必要なことって、いかに早く的確に伝えるか。確信に迫ると、本質が見えてくることを思い知りました。で、ホームページやパンフレットを見た時、人が知りたいのは、アキヤマが何をしてくれるのかです。専門用語を並べ立てた説明なんて、いらないのです。おかげで私の頭の中も整理できました。無駄を省き、伝えたいものをきちっと伝えることに徹した結果、社員にも、他者にも非常にわかりやすいものができあがりました。溝田さんはデザイナーである前に、名プロデューサー。本人は嫌がるかもしれないけれど、天才です。

先ほど「発信力が違う」とおっしゃっていましたが、効果実感はありますか。

あります。ロゴも会社案内もホームページも、大いなるきっかけになってくれています。我々の職業は静脈の産業です。美しくもなく、憧れの対象じゃありません。そんななかでこのロゴを見て「何屋さんですか」って聞かれること自体が、まずひとつの効果です。「社長の話とこのロゴってぶれがなくて、説得力がある」とも言われます。紙の質にもこだわった会社案内の印象も上々です。解体現場で働く男たちには10代もいます。自分の息子がアキヤマで働くことに親御さんたちにも安心してもらいたい。会社案内にはそういう気持ちも込めました。
人間には自分が最初に「いい」と思ったものに対し、「やっぱりいい」と納得したい心理があります。そして納得には安心が伴います。たとえば同業10社のパンフレットを見て「アキヤマがよさそう」と思ってくれたとします。次にホームページを見て中身がよければ「よさそう」が、「やっぱり、ここがいい」に変わります。よい中身とは、この会社は自分たちに何をしてくれるのか明確なことです。
さらに誤解を恐れずに言うと、我々の発進力で企業も人も勝手に期待を寄せてくれます。そういう意味では、営業が全く変わりました。もちろん実行が伴わなければ言語道断です。今後、我々はアキヤマのトリプルAをますます確実なものに磨き上げていかなければなりません。

今回のリブランディングに関しては費用もかかりましたが、そのあたりについてのご意見はありますか。

中身がよければいい。大切なのはそれに見合う意識改革をもたらしたか、社員が誇りを感じてくれるかです。統一感のある最高のツールを作ってもらって、私自身の意識が変わったことだって、十分な費用対効果です。それに作って終わりではありません。作ってもらったツールを、どう自分の誇りにしていくか。どう繰り返し発信していくかはこっちの問題です。自分が明確にしたポリシーに負けないよう、トリプルAを常に意識しながら突き進んでいきます。そのための発信の場として、会議室のコンセプトもデザインも一新しました。

こんなに心地のいい空間を作っていただいたことは、私たちも嬉しい限りです。ありがとうございます。

ここは、作っていただいたツールを活かしてアキヤマを発信していく場所です。ソファに座りながら、65インチの画面を見ながらお客様をもてなし当社のパフォーマンスを最大に発揮できれば、かかった費用がどうのなんて飛んでしまいます。ここに来るとみんなすごいんです、意見が。普通の会議室では出ないような意見がバンバン出るんです。
社員同士も大きな画面を共有してミーティングをしていると、クライアントへの興味も深くなるし、共通した認識が持てます。私の中には以前から、社員と協力して事業の魅力を高め、それを社会貢献につなげていきたいという思いがあります。それが、リブランディングによって確実なものになったこともお伝えしておきますね。クリエイティブで粋な土建屋で人を幸せにしていきます。

ご協力いただいた企業様

株式会社アキヤマ
東京都世田谷区玉川台2-3-20 第5YNビル5F
TEL/03-5491-4422
URL/http://www.akiyama-create.co.jp/

株式会社アキヤマ 代表取締役
秋山 延久様
1999年に株式会社アキヤマを設立。

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「こんなにシンプルでいいのだろうか」。
第一印象の迷いは、説明を聞いて一瞬で消えました。
イメージカラーの赤も次第に
「ユーロンレッド」 と言っていただける存在に。

Maison de YULONG / メゾン・ド・ユーロン
料理長 阿部淳一様
飲食・宿泊

赤坂の閑静な住宅街の一角に佇む「メゾン・ド・ユーロン」は、ヌーベルシノワの先駆として20年の歴史を持つ中国料理店です。ショップカードに始まり、続いて封筒とリーフレットと手提げ袋を、最後にウェブサイトのリニューアルをお手伝いさせていただきました(2010年)。ブランディングを手掛けるにあたってはイメージカラーを見直してイメージを統一し、インターナショナルを意識した名店にふさわしいご提案をさせていただきました。時を同じくして2010年11月にはミシュラン一つ星を獲得。「思い切ってツールを作ってよかった」と言ってくださっています。

名店として知られている「メゾン・ド・ユーロン」さんですが、この記事を読んでくださる方に向けて改めてお店のプロフィールをお聞かせ願えますか。

私どもは“ヌーベルシノワ”をコンセプトにした中国料理の店です。オープンは1995年。2008年新体制での再スタートとともに、料理長として再び腕をふるっております。あくまでも中華の調理法で、西洋の食材を使ったり、洋皿に盛りつけたり。フレンチのコース料理のように一皿ずつお出ししています。

代表の溝田は会食にも使わせていただいて「とにかく美味しい。担々麺なんかは、もう他のはいいやと思うくらい美味い」と言っております。

ありがとうございます。溝田さんには、以前から何度もご利用いただいておりましたし、デザインエイエムさんがブランディングを得意とすることは代表の松田からも聞いていました。当然、リスタートを機にショップカードやリーフレットやホームページを刷新したい思いはありました。でも、小さなレストランがそれをするには決断も必要で。実際、店内の改装に大きなお金を投じた我々には、一度に行なう予算はありませんでしたし。かといって、インターネットの格安パックでロゴやホームページを作ろうという気持ちにもなれず。初めは、以前からのホームページとショップカードを、住所と電話番号と地図を赤坂に変えて使っていました。
それから2年、リーマンショックからの回復を実感し始めた2010年の秋に「思い切ってブランディングをお願いしてみようか」ということになりました。といっても、最初にお願いしたのはショップカード。それでも、いつか御社に頼むことを励みにしていた私たちには「ついにこの時が来た!」の気分でした。心の中で小さなピースサインを出していました。

弊社としてはお店の実力と、外から見える印象の違いにもったいなさを感じていました。そこで「まずイメージカラーと店名の書体を整理しましょう」とご提案いたしました。

以前のショップカードには、くすんだ緑色が使われていました。なぜ、食欲をそそるとは言い難い鈍色を使ったのかは思い出せないのですが、御社からの提案は“赤色”への変更。初めて見せられたときは、インパクトに驚きましたが、「日本におけるヌーベルシノワを発信するレストランとして、中国・日本・フランスを想起させるような赤色」という説明を受け、なんだかじんときました。考え抜かれた赤。それも優しくて品のある赤でした。そして今や「ユーロンレッド」 と言っていただける存在にもなりつつあります。
一方、赤い四角の中に配置された3つの店名 (「Maison de YULONG」「メゾン・ド・ユーロン”」「酒家__遊龍」)は、素人目にはフォントを変えて打ち込んだだけに見えました。正直「ちょっとシンプルすぎないか。こんなにシンプルでいいのだろうか」と思いました。でも落ち着いて眺めて見れば、これもまた溝田マジックでした。イメージカラーの赤色の中にフランス語と誰もが読めるカタカナで店名が記され、「酒家__遊龍」と店名を説明する言葉が静かにハーモニーを奏でていました。それはうちのお店そのもので、ロゴにもなり得るものでした。「あぁ、これがデザインエイエムさんの考える、“削ぎ落として本質を伝える” ということか」と腑に落ちました。「実績を残してきた溝田さんが言うんだから間違いないんだろう」とも思いました。僭越ですが、この人は余白の使い方がすごく上手いなとも思いました。

ユーロンさんの料理は、中華でありながらフレンチのスタイル。白い器のスペースのなかにぽんと美しく料理が盛りつけられていますから、ホワイトスペースを生かすことは、いつも以上に意識しました。

ショップカードの裏面も、めいっぱい情報を盛り込まずにホワイトスペースを大切にするところには、白い器に盛り付けていく私自身の料理とシンパシーを感じます。しかも、そのホワイトスペースもただなんとなく設けるのではなく、ひとつひとつに説明がつくのです。懇切丁寧にじっくり話を聞いてくれたうえで、生み出される理由のあるデザイン、本当に気に入っています。

ありがとうございます。とはいえ途中、不安などはありませんでしたか?

こちらの話もじっくり聞いてくれて、ひとつひとつ丁寧に説明を加えながらやってくれるので、不安を感じることはなかったですね。ひと通りのものができ上がって今感じているのは、統一感があるとお客様の印象もぐっと上がること。意外と封筒や手提げなどを固めることによってブランディングの土台がしっかりするのだということです。ただうちは目下のところ物販がないので、手提げは食べきれなかった料理のお持ち帰り専用袋。それで手提げを活かすためにも、お土産になるものを作ろうという話が出ています。先に手提げありきのおかげで、仕事が増えそうです(笑)。

実は先日、ユーロンさんの封筒を見ていいなと思って覚えていてくださった方から「うちも作ってほしい」というご依頼がありました。検索をかけて、当社のホームページに辿りついたとのことで。

そういうこともあるんですね。オーナーの松田はできあがった当初「design by Akira Mizotaとか入れないんですか?」って聞いていましたよね。「そんなのは、いりません」ときっぱり断られましたけど。うちとしては素人の発想で、一流のデザイナーさんにツールを作ってもらっていることを、その時はちょっとちらつかせたかったんですけどね。

デザイナーの作品を作っているのではありませんから。ユーロンはあくまでもオーナーの松田さんやシェフ阿部さんの世界です。

そういうことをさらりと言ってのける。私個人は、ユーロンのツールが整理されてから、他のお店のショップカードなどにも目が向くようになりました。でもなかなか印象に残るものは少ないですね。そんななかで、うちのロゴを覚えていてくださってわざわざ検索にかけるとは。それだけ印象に残るデザインであることを改めて知るお話です。

最後になりますが、今後の展望などはありますか。

2010年、2011年と連続でミシュランの一つ星をいただきました。とてもありがたいことですが、溝田さんは「机の上のデザイナーにならない」とおっしゃるように、私は「星の上の料理人にならぬ」ようにやっていこうと思っています。

ありがとうございました。これからもパートナーシップを築いていけたらと思っていますので、よろしくお願いします。

ご協力いただいた企業様

Maison de YULONG / メゾン・ド・ユーロン
東京都港区赤坂4-13-18
TEL/03-3589-3955

営業時間/11:30~13:30L.O.(土・祝~14:00L.O.) 18:00〜21:00L.O 日曜定休
アクセス/東京メトロ「赤坂」駅から徒歩8分。「青山一丁目」駅から徒歩8分。「赤坂見附」駅から徒歩10分

料理長
阿部 淳一様
1964年東京生まれ。「東京會舘」を経て、「東京上海錦江飯店」で中国料理の知識と技術を習得、青山「オーセ・ボヌール」にて研鑽を積み、「炒めの達人」と評され注目を浴びる。1995年 「メゾン・ド・ユーロン」のシェフに就任。その後独立し「A-Jun」を立ちあげる。2008年再度「メゾン・ド・ユーロン」に招かれ、現在に至る。

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